トラウマセラピィとしての動作療法(臨床動作法)
Yoshiki Tominaga (Hyogo University of Teacher Educatiuon)
更新:2002.4.8
犯罪被害、いじめ、虐待、交通事故、自然災害。それらの出来事が、その時だけでなく、その後の生活に深刻な影響をもたらす時、その事が、「トラウマ」になったといいます。トラウマは、食欲・睡眠・対人関係・勉強仕事へ影響を及ぼします。トラウマの反応としては、PTSD(Post Traumatic Stress Disorder:心的外傷後ストレス障害)が代表的ですが、うつ、心身症、反社会的行動としてもあらわれます。
トラウマ反応への心理療法としては、伝統的な心理療法の他に、ポストトラウマティックプレイセラピィやEMDRやTFTなどが知られています。臨床動作法は、身体を通して心に働きかける心理臨床的なアプローチであり、阪神淡路大震災後にも「リラックス動作法」と称して避難所や仮設住宅で実践してきました。外傷体験そのものを開くことを目的とせずに、その人のもっている「本来の生きる力」に働きかける方法です。外傷体験を語ることは目的ではありませんが、自分への自信と信頼を回復した後は、クライエント自ら外傷体験を語ることも多々あります。語ることによって、外傷体験を、自分なりに意味づけし、整理し、より統合するのでしょう。しかし、この「意味づけ」の時期も方法もクライエント自らが決定するのであり、決して他者が、「意味づけ」することを勧めてはいけません。
ショックな出来事が、過ぎ去って後(ポスト)になって、さまざまな症状があらわれ苦しむというのがPTSDです。ですから、なお脅威が続いている時は、その脅威に対処することに最善を尽くさなければなりません。例えば、いじめ被害を受けていて、その脅威がまだ現実にある場合や、犯罪被害にあい、裁判で加害者と戦っている場合は、ポストになりえてないのです。だから、戦い抜くためにサポートする心理療法(カウンセリング)が必要です。精神分析やクライエント中心療法などは、過去の出来事に伴う葛藤や悩みを取り扱うため、いま、戦い抜くための心理療法としては、整備されてないようです。その点、動作療法は、戦い抜くための心理療法としても、発展する可能性を秘めています。例えば、被害者にとって、裁判は、心身共に消耗し、怒りを増幅させるものでもあります。被害者やその家族が、裁判に臨む時に、落ち着いて、悲しみと怒りを表現するための方法として、動作法は、有効かもしれません。しかし、この分野の研究は、これからです。
ここでは、もう安心で安全な環境なのに、過去の辛い出来事が思い出されて苦しい、さまざまな身体症状から解放されていない、といった状態にあるクライエントへの動作療法によるトラウマセラピィーを紹介することにします。
動作療法によるトラウマセラピーでセラピストが提案するステップは
1.この場(カウンセリングの場)が安心で安全な空間であるように心がけます。
2.ショックな出来事の内容よりも、”いまの症状や訴え”を聴きます。
3.今の症状や訴えをアセスメントします(IES−R、GHQ、PTSSC15、コーピング尺度、F-PTSD、CDC)。
4.被害にあったときの心身の反応と望ましい対応を伝えます(心理教育)。
5.これまでのコーピング(対処)を聴きます。
6.動作法を提案し、インフォームドコンセントを得ます。
7.変化したい症状や自己認知を特定し、アセスメントします。
8.いまの身体の感じや気分を尋ねます。
9.動作法の課題を提案します。
10.いまの身体の感じや気分を尋ねます。
11.変化したい症状や自己認知を特定し、アセスメントします。
12.セッションの感想を尋ねます。
です。
臨床動作法によるトラウマセラピィは、EMDRのアセスメント(Shapiro,1995)やストレスコーピング理論(Lazarus & Folkman,1984)を参考にしています。
1この場(カウンセリングの場)が安全で安心な空間であるように心がけます。
被害を受けた人は、安全感や安心感を抱くことがむつかしいのです。そこで、相談を受理するときに、カウンセリングの場が安全で安心できる場であることを、クライエントに伝えなければなりません。もちろん、いくら言葉で「安全ですよ」といっても意味はありません。むしろ、言葉で言わなくても、「安心感」を体験できるようにしなければならないのです。
ひとつは、安心できる人といっしょに居ることができることを保障することです。カウンセリングの場も、クライエントにとっては、”新しい、緊張する”場かもしれません。子どもが被害者であるなら、まずは、親やきょうだいといっしょに遊ぶことからはじめるとよいかもしれません。
被害者が中学生・高校生以上の場合:子どもが、性被害にあった場合は、まず、保護者だけが、来談して、どんな相談機関か、セラピストはどんな人で、どんな方針をもっているかを確かめることからはじめるかもしれません。性被害の場合は、クライエントには、やはり女性のセラピストを担当者としてつけ、保護者の面接を私(男性)が行うようにしています。だから、はじめて保護者だけが来談したときも、担当の女性セラピストに同席してもらうようにしています。家に帰ってから、保護者は娘(被害を受けた)にセラピストがどんな人だったかを語るでしょう。面接方針がはっきりすれば、クライエントはセラピストの性別にはこだわらなくなりますが、無用な心配は避けたいものです。
被害者が中学生・小学生以下の場合:被害にあった人が、まだ幼く、言語面接をベースに行うことがむつかしければ、プレイセラピィ(遊び)やスポーツを中心に、面接をすすめるようにしています。子どもは、親に連れてこられるわけですから、カウンセリングの場が、楽しい、安心できる場であることがまず求められます。プレイセラピィやスポーツの中で、子どもと親といっしょに動作法を導入することはあります。スポーツに関心がある子どもの場合は、「オリンピック選手もやっているメンタル・トレーニングだよ」とビデオを見てもらって、動作法に導入しています。もちろん、保護者には、導入する前に、動作法がどのようなものか、どのような効果が期待されるかを、あらかじめ、話して、インフォームドコンセントを得ておきます。
被害者に伴侶がいる場合:もし、クライエントに、伴侶がいて、クライエントの症状に理解があり、クライエントも望むなら、同室での面接を基本とした方がいいでしょう。過去に虐待などの被害を受けてきた人に、寄り添ってきた伴侶は、クライエントの回復にさまざまな努力や工夫をしていることが多いのです。その努力をねぎらいながら、セラピストは、新しい工夫の仕方を提案します。場合によっては、伴侶に動作法の援助をしてもらうこともあります。もし、クライエントのみを対象としたカウンセリングによって、クライエントが回復していったとすれば、それまで回復支援に努力してきた伴侶が、蚊帳の外に置かれることになり、伴侶は深い疎外感をもち、その結果、家族全体を包む安心感が奪われることになるかもしれません。危機に、ともに立ち向かってきた伴侶の力をかりてこそ、クライエントの回復があることを忘れてはならないのです。
2.ショックな出来事の内容よりも、”いまの症状や訴え”を聴きます。
生育史を詳細に聞かないと、カウンセリングはできないと思っているセラピストもいますが、クライエントにとって、ショックな体験を無理に開かれるほど、つらいことはありません。いま、生活がどのように差し障っているのか?睡眠、食欲、勉強仕事への集中、人への態度などを尋ねることが基本です。そのために、大人では、GHQ30で、子どもは、PTSSC15で、生活の状態を把握するとよいでしょう。
3.今の症状や訴えをアセスメントします(IES−R、GHQ、PTSSC15、子ども版コーピング尺度、F-PTSD、CDC)。
大人の場合:高校生以上の場合は、GHQ30とIES−Rで状態を把握するとよいでしょう。
GHQ30:「頭痛がしたことは」といった項目で身体症状を、「夜中に目を覚ますことは」といった項目で睡眠状態を、「いつもより日常生活を楽しく送ることが」といった項目で社会的活動性を把握することができます。生活の様子がわかりますので、セラピーの経過を把握するのに最適です。セラピーの目的は、トラウマを開くことではありません。少しでも生活しやすくなることが目的です。
IES−R(Impact of Events Scale - Revised Weiss,D.1996 Measurement of Stress, Trauma, and Adaptation 186-188 Stamm,H.B.):トラウマ反応を把握するには、不可欠のテストです。しかし、ショックな出来事を特定するために、危険性もあります。「 に関して,この1週間では,それぞれの項目の内容について,どの程度強く悩まされましたか。」という設問ではじまります。例えば、性犯罪被害を受けたクライエントでは、このテストをすることで、襲われたことを思い出させることになるから、危険なのです。フラッシュバックを誘発して、つらい思いをさせてしまうかもしれないからです。場合によっては、Step4の心理教育をしてから、このテストをした方がいいかもしれません。または、クライエント自身、比較的対処しやすい場面を想定することからはじめるとよいかもしれません。
子どもの場合:小学4年生以上は、PTSSC15などの質問紙ができると思います。しかし、PTSDや解離症状など深刻な症状は、保護者に回答してもらい、回復の過程を把握するとよいでしょう。
子ども本人に:子ども本人には、PTSSC15が、出来事を特定していないために、それほど侵入的でない質問紙です。その分、トラウマ反応を正確に把握できないかもしれません。しかし、私たちの調査で、15項目が2因子からなり、第1因子がPTSD、第2因子がうつ反応であることが見いだされました
(冨永・高橋ら、2002)。被虐待児には、TSCCがいいかもしれません。日本語に訳されていますが、訳者と原著者に許可を得れば、使用できるかもしれません。また、子ども版コーピング尺度(冨永典子、2000)をあわせて、施行しておくと、望ましい対処について、話し合うことができます。
子どもの保護者に:FlecherのPTSD尺度を28項目に簡便化したものとPutnumの子ども版解離性尺度が有効です。神戸大学医学部の田中究先生が中心となって、被虐待児の大規模調査をしましたので、Cut offポイントなどが、もうすぐ明らかにされると思われます。
4.被害にあった時の心身反応と望ましい対処を伝えます(心理教育)。
被害にあった時に、ひとはどのような心身反応をおこし、どのように対応することが望ましいかを、わかりやすく伝えます。被害体験には、「恐怖」と「喪失」があります。例えば、下校中のきょうだいが交通事故にあい、ひとりが亡くなり、ひとりがケガをしたとしましょう。ケガをした子どもは、「恐怖」と「喪失」の両方を体験しているのです。また、ある人が、暴力被害にあい死ぬほどの思いをしたとすれば、「恐怖」を体験しているのです。しかし、その暴力によって、半身不随の後遺症が残ったならば、身体能力の「喪失」もあわせて体験していることになります。PTSDは、恐怖体験によって引き起こる障害です。家族を亡くした場合は、PTSDだけでは、心の過程を説明できません。だから、恐怖と喪失について、それぞれプリントを用意しておくといいでしょう。
PTSDの理解と対処のプリントを用意し、クライエントの心身反応がどのようにあてはまるのかを、説明します。
1)凍りついた心とさまざまな症状−異常な事態での正常な反応
凍りついた心:命にかかわる恐怖を体験すると、心が凍りつきます。凍りついた心は、健忘(思い出せない)、回避(避ける)、感覚マヒ(味がわからない、寒くないのに寒いなど)、感情マヒ(喜怒哀楽が感じられない)、否認(事実を受け容れられない)としてあらわれます。具体的には、「その時の記憶がはっきりしない」、「自分の感情が感じられない」、「まるで映画を見ているような現実感がない」、「恐怖の出来事に関連する映像や場所を避ける(連想するニュースや番組があっているTVのスイッチを切るなど)」といった反応であらわれます。あまりにつらすぎるので、心を感じないようにすることで、身を守っているのです。だから、痛みを訴えることすらできません。虐待を受け続けてきた人は、表情がなかったり、転んでケガをしても泣かなかったりすることがあります。それは、心をマヒさせて、自分を守っているのです。この凍結した記憶が、恐怖体験をした人の中核です。
そして、安全な空間が、保障されはじめると、凍結した体験が、溶け出すように、さまざまな症状があらわれはじめます。症状は、凍りついた心が、溶けはじめている証であり、回復への道のりのひとつです。例えば、「恐い夢を見るということは、消化されていないことをかみ砕いて消化しようとしていることであり、いいことなんですよ」と伝えます。しかし、「あまりにも朝、目覚めが悪い、一日中気分が悪いということであれば、対策をいっしょに考えましょう」と伝えます。
また、リラクセーションは、この「凍りついた心」を溶かすことを促します。と同時に、リラックス体験によって、過去のつらかったことをふと思い出したり不快な気分が襲ってくることがあります。だから専門家の間では「トラウマを抱えた人には、リラクセーションは、危険だ!」といわれているほどです。しかし、つらかった過去を思い出すことは、心の未消化なものがでてきているのであり、その時の対応を間違えなければ、確実に、回復につながる反応なのです。だから、「リラクセーションが危険なのではなく、その時の対応が大切」といった方がいいでしょう。これが、もっとも大切なポイントのひとつですので、あとで詳しくお話しします。ともかく、リラクセーション技法を提案する時は、いつ、どのように、どのようなリラクセーション技法を、使うかことが望ましいかを、伝えなければなりません。
さまざまな症状:凍りついた体験を中心に、四方に、4つの症状や反応を書いています。侵入、過覚醒、身体反応、退行です。
「侵入」は、「再体験」とも呼ばれています。ショックな場面を突然思い出すといった「フラッシュバック」が代表的な症状です。フラッシュバックは、まるで、過去につれもどされたように、ありありとその時の場面が思い出され、発汗、ふるえ、恐怖といった身体感覚や感情がよみがえることをいいます。少しほっとできてはじめてフラッシュバックを体験することが多いと言われています。例えば、阪神淡路大震災の後に、避難所から住宅に居を構えたとたんに、フラッシュバックが起こり始めたということが、よくありました。それまでは、身を固くして、つらいことを感じないようにしていたのでしょう。また、夜、眠っている間に見るフラッシュバックが、「悪夢」です。子どもの場合は、突然飛び起きて、叫んだり興奮したりする「夜驚」であらわれることもあります。また、事件遊びや災害遊びも、再体験で、ポストトラウマティックプレイ(Post Traumatic Play)と呼ばれています。
「過覚醒」は、はしゃぐ、眠れない、過敏、いらいら、興奮などであらわれます。緊張を高めることで、あまりにつらすぎる現実から身を守っているのです。悲しいはずなのに、ハイな気分になってしまい、そんな自分が許せないと、自分を責めてしまうこともあります。
PTSDは、回避、侵入、過覚醒が3つの大きな症状とも言われています。しかし、身体反応と退行も、トラウマ反応です。
「身体反応」は、気管支喘息や過敏性腸症候群や高血圧などの持病が悪化する、頭痛や腹痛、肩こりなどです。
「退行」は、いままでひとりでできていたことができないといった行動です。ひとりで眠れない、ひとりでエレベーターに乗れないといった行動です。おとなにべたべたまとわりつくという行動であらわれることもあります。退行は、子どもに限らないことです。大人の場合、すでに止めていたギャンブルを、ショックな出来事のあとに、またやりはじめるといったことや、アルコールを過剰に飲むというのも退行と考えていいでしょう。
そして、「凍りついた心とさまざまな症状は、異常事態での正常な反応」という認識が大切です。「あなたがおかしいのではない。事態が異常なのです。あれほど恐い体験をしたのですから、心や身体がさまざまに変化して当然なのです」と伝えることが大切です。そして、ひとつひとつの症状に対して望ましい対処の仕方を説明することがセラピストの役割です。
侵入:繰り返し同じ話をしたり、フラッシュバックについて、上気して語るようなことがあれば、「しっかり聴く」ことが大切です。この「聴く」ということは、簡単なようでとてもむつかしいことです。日常生活の中では、3分でも、人の話を、遮らずに、真剣に聴くということはほとんどありません。事件遊びや災害遊びは、反復強迫的な様相を帯びていることが多いと言われています。そこに、主体性を回復することが、ポストトラウマティックプレイセラピィのねらいなのです。もし、その遊びが、自分を傷つけたり、他者を傷つけたりするものでなければ、遊びをともにして、遊びの中で、クライエントが克服体験やケアする体験ができるように、見守り、かかわることです。例えば、テロの衝撃により、繰り返し絵を描いた子どもが、最後に、パラシュートで人々がビルから脱出する絵を描いて落ち着いていったということがあったそうです。クライエントの健康な自我と他者のあたたかな見守りとかかわりがあってこそ、克服体験やケアする体験ができ、症状を表出ではなく、表現に変えていくことができるのだと思います。
過覚醒:興奮は、眠りを妨げます。危機に出会うと、ひとは戦闘体勢をとります。そして、危機が過ぎ去ったのちも、戦闘体勢を続けてしまうことが、この反応です。ですから、「身体を休めてもいいんだよ」「戦闘体勢を解除していいんだよ」というメッセージを送り、クライエントが、そのメッセージを受け容れることを了承したならば、リラクセーションを提案すると良いでしょう。リラクセーションには、動作によるリラクセーションとイメージによるリラクセーション(山中・冨永,2000)があります。クライエントが自分にあったリラクセーション技法を習得し、活用することが、基本です。しかし、適度に緊張を保ちながらの動作によるリラクセーションを提案する方が、まずは、安全なようです。これは、動作法の課題のStepで詳しく述べます。
身体反応:身体をいたわることが大切です。安易にストレスやショックのせいにせずに、場合によっては、お医者さんに診てもらうことも考えましょう。お医者さんもストレスや心に理解のある先生と連携がとれるといいでしょう。もし、器質的な疾患がなければ、身体をいたわる方法として、動作法を提案するといいでしょう。肩こりや緊張性頭痛、過敏性腸症候群などの身体の不調を、動作法によって、自己コントロールする力を培うことができます。
退行:肩代わりの甘えとショックの甘えを区別することです。肩代わりの甘えとは、本来自分がすべき仕事を他者に肩代わりしてもらう甘えです。例えば、「雨が降っているから、学校まで、親に車で送ってもらう」というのは、肩代わりの甘えです。肩代わりの甘えは、「人生は、晴れの日もあれば、雨の日もある。あなたは、さまざまな困難を自分で乗り越えることができるんだよ」というメッセージを放棄することになります。それは、主体性を阻害します。しかし、ショックにであったときの甘えは癒しになります。「恐いよう!」という気持を、「お母さんいっしょに寝て!」という行動で訴えているのです。甘えは、安心感を培います。充分に安心できたら、もう、親の空間から、自然に、巣立っていくものです。疲れた心を癒し、エネルギーを蓄えているのです。安心できる場があれば、外界へチャレンジできるのです。ある少年事件後の心のケアの実践で、親から「頑張りなさい」「そんなこともできないでどうするの」と指示的メッセージばかり送られていた子どものストレス反応は、なかなか軽減しなかったことが報告されています。
怒りを正当に表現:凍りついた心が少しずつ溶けていくにつれて、心の中に、怒りが広がっていきます。虐待を受けた子どもは、「信頼が座るべき心の座に怒りが座っている」と言われるほどです。「凍りついた心」が、心を占めているときは、怒りは、自分に向かい、最悪の場合は、自殺行為へとかりたてていきます。「『あなたは悪くない。悪いのは加害者(の行為)』このメッセージを、どれくらいそう思えますか」と語りかけることが大切です。クライエント自身、そう思えるまで、話し合うことです。そして、自殺行為をしないという約束をします。このような状態にあるときは、精神科医へ紹介し、医療と連携をとります。
そして、被害から徐々に回復するにつれて、とめどもなく、加害者への怒りの感情がわいてきます。恐怖が怒りへと変わっていくのです。怒れることはいいことです。この時、怒りを正当に表現することが大切です。加害者からの「心からの謝罪」は、怒りを少し和らげるかもしれません。しかし、「加害者の親は、加害者である」ことが多いのです。加害者の親はなぜ加害者かというと、親から子への虐待がある場合が多いからです。ここでいう虐待とは、身体的虐待、性的虐待、ネグレクトばかりではありません。心理的虐待ももちろん含まれます。心理的虐待は、親の過剰な期待や圧力も含みます。斉藤(1986)は「見えない虐待」、「やさしい暴力」と呼んでいます。心理的虐待の場合は、自分のかかわりが虐待であることに気づくことが、むつかしいようです。ですから、「心からの謝罪」は、ほどとおい現実のことが多いようです。だとすれば、少なくとも、「適正な処罰」を司法が下してもらいたいものです。しかし、わが国の司法制度は、加害者の人権を保護することに、これまで全力が尽くされてきたようです。このような現実の中で、少なくとも、被害者の弁護士、被害者支援に携わる臨床心理士・ボランティアは、「適正な処罰」がなされるべく、努力することが必要です。例えば、被害者のカウンセリングの過程を、意見書としてまとめて法廷に提出するということは、臨床心理士にできることかもしれません。
また、クライエントの怒りを尊重しながら、取り返しのつかない怒りの表出(他者を傷つける)は、止めなければなりません。しかし、「怒りには積極的な意味がある」という確信をセラピストはもっていなくてはなりません。
2)主体性の回復と信頼感の育成
被害にあった人は、主体性(「自分が...できる」という感覚)が弱まり、ひとへの信頼感の喪失(「ひとは危険だ!」といった他者への信頼の喪失、ないしは「自分が自分を守れなかったふがいなさ」といった自己への信頼の喪失)を体験しています。だから、カウンセリングの目的は、主体性の回復と信頼感の育成といってもいいでしょう。
主体性の回復のために、ちょっとしたことでも、自分で決めることをすすめます。食べること、寝ること、着ること、それまでのなにげない日常生活で、自分で意識せずに決めることができてきたことが、むつかしくなることがあります。「食材が思うように選べない」、「季節にあった服が選べない」といった当たり前のことができなくなり、そういった自分をふがいなく思ってしまうことがあります。しかし、大切な人を亡くしたり、死ぬほどの恐怖を経験したときには、主体性が弱まるのは、当然な反応です。
周りの人たちは、そのような行動をおかしなことと捉えるのではなく、日常生活のお手伝いをしながら、少しずつ、自分で決めることができるように、見守ることが大切です。例えば、次回の面接が、2週間後がいいのか、1週間後がいいのか、クライエントが自分で決めようとせずに、保護者にその決定をゆだねようとしたときに、「あなたのように、暴力を受けて、その間、自己コントロールを奪われる体験をすると、自己コントロール感が弱くなってしまうことがあります。そんなときは、自分で決めていくという体験を重ねていくことで、自己コントロール感が強くなっていくから、どっちでもいいなと思うことでも自分で決めていくといいですよ」と提案するといいでしょう。
本論文は、「臨床動作学研究」に投稿予定です。全文は、論文掲載後に、ホームページにupすることにします。
この続きは、7月ころに掲載します。 2002.4.8
被害者支援従事者と医療従事者へのワークショップを企画予定です。