トラウマを心の傷に変えるために
 
 人生には、辛いこと悲しいこと苦しいことが待っている。その時、そのことを、どのように受けとめ、どのように対処するかは、人それぞれであり、それが個性ともいえる。出来事には、一見些細なことから、生命にかかわることまである。命にかかわることで、戦慄した恐怖を伴うときに、その出来事が、「トラウマ」になったといい、「心の傷」と区別される。心の傷が、「あんな辛いこともあった」と過去のこととして心の中で距離を置けるのに対して、トラウマは、時間の経過では癒されない。
  恐怖を引き起こした出来事に、立ち向かうために、人は戦闘体勢をとる。全身緊張させて事態に立ち向かおうとする。そして出来事が過ぎ去った後も、その戦闘体勢を解除することを身体が許さない。また、トラウマは、その出来事に伴う映像・触覚・聴覚などの生々しい記憶である「身体性記憶」によって特徴づけられる。生々しい記憶が心の中に広がり、自我を脅かすことを防ぐために、心を凍らせることで自分の心を守る。「凍結した記憶」がトラウマのもうひとつの特徴である。トラウマは、睡眠障害、集中困難、無気力感などを引き起こす。そして、なにより人生に影響を及ぼすのが、否定的な自己メッセージの生成である。「私はなにもできない」「私は汚れている」「私に全て責任がある」などである。
 それでは、トラウマは変化することがないのか?いやトラウマを心の傷に変えることができる。まずは、トラウマについて知ることである。きちんとした知識をもつことは、自分に起こっている理解しがたい反応に対して、落ち着いて対処する力を与える。このようなトラウマについての講義をした後に、ある大学院学生が「突然の夫の死に涙がでなかったんです。私はなんて薄情な人間なんだって、ずーっと自分を責めてきたんです。でもそれは心が凍りついた自然な反応だったんですね。」と語った。ある犯罪被害者は、被害体験をイメージ面接で語る過程で、誤った否定的な自己メッセージに気づき、身体性記憶が、ふつうの記憶に変化していった。また、戦闘体勢を解除できない「身体」に、「もう戦闘体勢を解除してあげてもいいのでは?」と問いかけ、身体を宥めることを丹念に行う。身体にはトラウマがそのままあらわれているので、自分が身体を労り宥めることを通して、身体の奥底から安心感を回復する。日本独自の心理療法である動作療法は、トラウマへの有力な心理療法として注目を集めつつある。あるDV被害者は、カチカチになっていた身体が弛むにつれて、「私は小さい頃はスポーツが好きだったんですよ」と目を輝かせはじめた。幼い頃の性被害により、否定的なメッセージを知らずに送り続けてきた女性が、動作療法の過程で、「身体が目覚めてきました」と語り、20年ほど苦しみ続けてきた身体症状から解放されていった。NYテロ後のケアでも、針やマッサージが最も人気があったらしい。東洋の智恵がトラウマに立ち向かう有効な方法であることがわかってきた。
 これほど自らを苦しめてきたトラウマから解放され、それが心の傷に変わっていくとき、そのひとの潜在的な力があらわれ、生き生きした人生がはじまる。ひとりでトラウマに立ち向かうことは、難しい。過去の悲惨な経験から学んだ英知をあつめて、そして、身近なひとの絆を深めて、トラウマに立ち向かいたい。ひとりで抱えずに、トラウマを心の傷に変えることに挑戦してみてはどうだろう。

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