心の傷と癒し No.6  2001.12.25

被害者支援と心理的支援  兵庫教育大学・冨永良喜
2001年6月13日に、ひょうご被害者支援センター第1回設立準備委員会がはじまった。大阪教育大学付属池田小学校事件の直後であった。私に委員の依頼があったのは、日本臨床心理士会被害者支援専門委員を務めていることと、トラウマ回復支援分野というポジションにいるためであろう。兵庫県警察本部警務部警務課被害者対策室の畑利秋室長が中心となって、民間支援団体の立ち上げに尽力されていた。委員会には、医師、弁護士、電話相談ボランティア、そして被害者の会の方が参加されていた。緊迫した雰囲気ではじまった準備委員会も、加藤寛先生を発起人代表とし、また、新進気鋭の事務局長が就任するにつれ、次第に、輪郭が明確になっていった。
 そんな中、この委員会に参加して、痛切に感じたこと、感じていることは、被害者支援で、臨床心理士は一体なにができるのか、いや、私はなにができるのか、ということである。
 ある時、被害者の会のある方から、「カウンセリングってどんなことをするのですか?」と尋ねられた。私がこれまで関わってきた交通事故で子どもさんを亡くされた家族との面接、性虐待を受けてきた子どもとのプレイセラピィ、DV被害で苦しむ母親と子どもとの面接を簡単にお話した。カウンセリングへの疑問は、マスコミでブームとなった「心のケア」と、被害者を取り巻く現実とのギャップが背景にあるのかもしれない。
 私の息子たちが何者かに殺害される場面をわずかでも想像することすら、私にとって過酷すぎる。
 しかし、被害者の会の方にとって、それは現実である。
事件後のマスコミ被害・いわれなき世間からの中傷そして、加害者からいつ再び被害を受けるかもしれないという恐怖、裁判での理不尽な対応。カウンセリングより以前に、必要なことは、二次的被害から被害者とその家族を守ることである。危機介入による直接支援こそ、被害者の方が求めている支援である。それは、生活、生きる営みを支える行為である。警察は、葬儀に際して、周辺の警備を担当するという。食べ物が喉を通らない時に、毎日、食べ物を運び気遣う行為も、そうかもしれない。あの阪神淡路大震災の時、避難所で、ボランティアが、食事を運び、被災者の声に、耳を傾けていた光景が重なる。しかし、犯罪被害では、そのようなボランティアの体制も、そしてボランティアを受け入れる側の意識も、自然災害とは異なるかもしれない。
そのような直接支援の必要性を踏まえた上で、臨床心理士による心理的支援はあると言える。
 それは、ここ数年、虐待を受けてきた子どもとかかわり、被害を受けてきた人とかかわる中で、確実に支援できることが明確になってきたからである。
 あるケースにおいては、プレイセラピィによる意見書が、被害者の家族にとって有利なひとつの証拠となった。あるケースにおいては、相談の場それ事態が、家族の絆を深め、喪の作業を進める場となった。異常事態の正常な反応という知識の提供は、「自分たちがおかしくなったのではない」という認知的転換をもたらした。被害体験に圧倒されるのではなく、潜在的にもっている学問に励む自分を取り戻すための構え方、立ち向かい方を動作法によってアドバイスできた。
いずれも、さまざまな臨床心理の技法が背景にある。しかし、「技法のない理想は不毛を生み、理想のない技法は悪魔に奉仕する(神田橋條治)」ということばを胸に刻み、これから、ひょうご被害者支援センターの一員として活動を続けたい。

心の傷と癒し No.5   2001.7.1

編集後記より 冨永良喜(兵庫教育大学)

大阪教育大学附属池田小学校での事件後の心のケアについて、報道関係者から取材の申し入れがあった。メンタルサポートチームからのコメントが、最も良いと何度も伝えたが、記者会見での取材しかできないという。
 そこで、少しでも保護者の方へメッセージを送ることができればと、6月22日に取材に応じることにした。
 また、子どもを亡くされた家族の方へのかかわりと、恐怖を体験した子どもや保護者への心のケアは、基本的に異なることを伝えた。
 時間が限られているため、要点をまとめてみた。
「恐怖、不安、怒りといった感情は、これほど悲惨なことがあったのですから、自然なことです。子どもの場合、言葉でうまく訴えるこいとができなくて、頭痛や腹痛といった身体で訴えたり、いままでできていたことができなくなるといった行動で訴えたりします。こんな悲しいことがあったのに、いままでと変わらないと言うのも、感じないようにしているのかもしれません。症状や訴えがおかしいのではなく、この出来事が異常なのです。
 そして、症状や訴えには、気持ちがつまっています。それは、大人のかかわり方次第で、回復への貴重な一歩になります。否定しないで、受け止め、気持ちを分かち合うことです。『こわかったね、悲しいねって』
保護者の方は、子どもたちの気持ちを、誠実に受け止め、自然な流れをせきとめないことです。そのためには、保護者の方が集まって、小さなグループでの話し合いをもつといいでしょう。症状や訴えの意味を知ることで、落ち着いて対処できますし、さまざまな前向きな意見がでてきます。
 こういう場合には、安心・絆・表現の3つの体験が必要です。安心できたら、その分だけ、自然に表現することができるようになります。涙を流したり、亡くなった友への思いなどを、書いたり、絵にして表現できます。でも、表現することを強制してはいけません。人と人のあたたかな絆で、安心感を取り戻す中で、少しずつ表現できるようになります。そして、自分の人生の中に、このショックな出来事を、少しずつ、意味づけていくことができます。
 思い出すのはつらいけど、このことを『なかったこと』にしてはいけないのです。」
6月26日朝日新聞夕刊に、『建て替え遺族いやさない』と臨床心理士で被害者支援に携わってこられた長井進さんの談話がのった。銃乱射事件のコロンバイン高校は、校舎の塗り替えすらしなかった。それは、悲惨な思い出とともに、楽しい思いでも消してしまうからとの理由であった。そして、人の絆の輪で学校を囲み、学校を再開した。それぞれの国民性があり、癒しのあり方もそれぞれであってもよい。しかし、危機を乗りこえるには、ひとと人のよいつながりと、過去の悲劇によって学んだ智恵が必要である。
憎むべき対象に憎しみが向けられず、善良な市民が犠牲になる。地下鉄サリン事件以降、この種の犯罪が多発している。小さい頃から、怒りや憎しみといった感情の処理の仕方を学ぶ必要がある。「嫌なことをされたら怒りの気持ちがわくのは自然だよ。でも、人を傷つける、自分を傷つけるといったやり方で、怒りを発散するのは間違い。適切に感情を表現する術を身につけよう」。いま、社会を変えていくために、自分のできることはなにかを考えたい。
      

心の傷と癒し No.4   2001.1.10
フォーマル・デブリーフィングとナチュラル・デブリーフィング 冨永良喜(兵庫教育大学)
 
 「つらいことに出会ったら、悲しくなるのは自然だよ。いやなことをされたら怒りの感情がわくのは自然だよ。そんな気持ちを、無理に身体に閉じこめたり、また、自分を傷つけたり人を傷つけて発散するのはまちがいだよ。つらい体験を、自分を生かす、社会に生かす表現に変えよう」
 私たちが震災と神戸少年事件から得た教訓です。
 つらい体験を無理に身体に閉じこめることが、さまざまな心身症やストレス障害の誘因となることは、臨床的な経験知です。しかし、震災後、「つらい感情吐き出して!災害の体験を語りましょう」というマスコミから流れたデブリーフィングの主張に違和感を覚えたのは私だけではないと思います。被災地の教師の多くが、地震の作文や絵を描かせてつらい思いをしたと語っていました。
 災害後の心のケアのあり方を整理しておかなければならないと思いながら、数年が過ぎました。そして、さまざまな論文を読む内に、ナチュラル・デブリーフィングとフォーマル・デブリーフィングという概念を知ることになりました。最も私にインパクトを与えた文献は、「非常事態ストレスと災害救援者の健康状態に関する調査研究報告書- 阪神・淡路大震災が兵庫県下の消防職員に及ぼした影響」(兵庫県こころのケアセンター・http://www.survival.org/kokoro/kokoro_care_net/act_1995_2000/act_95_00/shobo.htm)です。
 それは、災害援助に携わった兵庫県内の消防署員5103名を対象へ、震災の13ヶ月後の1996年2月に、アンケート調査した報告です。この調査のひとつの目的は、インフォーマル・デブリーフィング(ナチュラル・デブリーフィングと同義)の程度とストレス症状の関連の検討でした。フォーマル・デブリーフィングとは、ミッチェルら(1983)によって、非常事態ストレス・デブリーフィング(Critical Incident Stress Debriefing;CISD)として提唱された方法です。
(デブリーフィングについては、ブレスラウ著中井久夫訳「ロサンゼルスにおける災害対策と精神保健」みすず432、40-59,1997.3 が参考になります。この文献は中井先生からお送りいただき大変参考になったものです。神戸少年事件の時に、文部省からデブリーフィングの説明を求められた時に、資料として送りました。
 最近では、岡田幸之著「被災者の精神心理的援助に関する文献的研究-特にデブリーフィングの方法論と効果について」『災害の被災者の精神的回復過程に寄与する諸要因の研究』09480082 科学研究費研究報告書 104-118, 研究代表者・藤森立男 2000.3 が、詳細にまとめられています)
 フォーマル・デブリーフィングが訓練された専門家の主導のもとに2〜3日以内に行われるグループセッションなのに対して、ナチュラル・デブリーフィングとは、同僚同士や家族と自然発生的に災害体験を語ることを言います。
 消防署員のデータでは、高曝露群の職員1752名を対象に、震災後13ヶ月現在と、振り返りによる震災後3ヶ月時点について、職場と家庭内で、震災時の活動体験をどの程度話したかを、「ほとんど話さない」、「少ししか話さない」、「ときどき話す」、「よく話す」の4段階の自己評価を求めました。それとIES(Impact of Event  Scale;PTSD症状の再体験8項目と回避7項目で構成)との関連をみたのです。話すことについての自己評価から、表出減衰群(3ヶ月後に比べて、13ヶ月後には表出量が減衰している群:65・3%)、表出持続群(3ヶ月後も13ヶ月後も表出が持続している群:20・4%)、表出寡少群(3ヶ月後も13ヶ月後も表出量の乏しい群:9・3%)表出増加群(3ヶ月後に比べて13ヶ月後の表出量が増大している群:5%)の4群に分け、IESの平均値を比較しました。結果は、表出減衰群が最もIES平均得点が低く、表出寡少群が最もIES平均得点が高いことを示しました。この結果から、「家族や同僚に体験を語り共有することが、その後の精神的影響を緩和する効果があること、体験を話す機会の乏しい者はメンタルヘルス上のハイリスク群であることが示唆された」と考察しています。そして、「フォーマル・デブリーフィングがその効果に懐疑的な意見が多いことと、精神科的な治療法や介入を受け入れることに対する抵抗を考えると、家庭や職場での日常のコミュニケーションを大切にしておくこと、『語り合う』価値について啓蒙しておくことが大切である」と結論しています。
 この調査結果がとても意味があることは、海外のデータと比べても明らかです。Ursano,R.J.etal.(2000)はナチュラル・デブリーフィングの効果を検証できなかったからです。彼らは、1989年に起こったアイオワ・スー市での飛行機事故後のナチュラル・デブリーフィングの効果についての調査研究を行っています。事故後1ヶ月と7ヶ月の2時点で調査を行いました。その結果、2ヶ月時点での語る量が7ヶ月後のPTSD反応を予測できなかったこと、2ヶ月時点で語る量が多いほどPTSD反応が高かったことから、ナチュラル・デブリーフィングの効果を検証できなかったと考察しています(Pschological Debriefing 32-42 Raphael,B. and Wilson,J.P. Cambridge University Press 2000)。Ursanoらの結果と、こころのケアセンターの結果が異なるのが、調査方法と分析方法が違うためか、飛行機事故と自然災害の違いによるためかは、もっと調べてみなければなりません。阪神淡路大震災では、被災をみんなが共有し、つらい体験を語ることに誰もが耳を傾けたためかもしれません。
 こころのケアセンターによる消防署員への調査結果は、私にある回答をもたらしてくれました。それは、この人にだったら話してもいいという安心感の回復と、その安心感の中で表現することの大切さです。本誌8号で黒木賢一さんが「こころの中に、時の流れで消化できている部分と今なお残っている部分がある。この残っている部分に対して、自然な形で外に出すことが必要だと思っている。....閉じこめないで自然な流れを大切にしながら浄化することがこころのケアである」と書いていたのを思い出します。
 河合隼雄会長の「心の傷 ・ かさぶた論、かさぶたがとれたら傷は癒されている、それを、かさぶたを取ったら傷が癒されると勘違いしている人がいる」(第2回被害者支援研修会挨拶2000.7.9)は、デブリーフィングの一面 - 感情を吐き出させること - への警告にも受け取れました。それは、自然の回復力の大切さを語っていますが、何もしなくていいということではありません。「自分のかさぶたを見て驚いてそれを自分から剥がそうとしている人(自分を傷つけている人)に、そんなに激しい傷だったんだから、跡形(かさぶた)が残ることは自然だよ」と言ってあげる人が必要です。また、かさぶたを無理に「なかったこと」とするのではなく、この痛みを、これからの自分に、そして社会に生かす努力をしよう、と提案する人が必要です。デブリーフィングには、「体験を語ること」だけでなく、そういったさまざまなメッセージも含まれているのです。だから、「かさぶた」とのつきあい方を積極的に提案することも、必要だと感じています。ナチュラル・デブリーフィングがお互いにできるような社会をめざして、学校教育や社会教育の中で、冒頭に述べたメッセージを、さまざまな体験的ワークとともに提案していくこと -ストレスマネジメントに代表される心の予防教育- が私の課題であることが明確になってきました。また、研究会を再開します。                      2001.1.4
 第3回ストレスマネジメント教育臨床研究会のお知らせとき・2001年1月27日(土)午後1:30〜5:00・会場 あすてっぷ神戸・会費 1000円・対象 教師やスクールカウンセラーなど・内容 小学校でのストレスマネジメント・中学校での包括的ストレスマネジメントなど・問い合わせ・Fax.0795・44・2279
 
心の傷と癒し No.3  2000.7.15
総合的な学習に「心の授業」(ストレスマネジメント教育など)の導入を
兵庫教育大学発達心理臨床研究センター・兵庫県立教育研修所心の教育総合センター・冨永良喜
 
 ストレスマネジメント教育を学校現場に積極的に導入することを提言したい。ストレスマネジメント教育とは、ストレスに対する自己コントロール能力を育成することを目的とした教育的働きかけである。
 ストレスマネジメント授業の内容は、ストレスの理解と対処、リラクセーションなどの技法の習得によって構成される。「人間関係で嫌なことやショックなことにあった時、心と身体はどうなるんだろう」と教師が問いかける。頭痛や腹痛など身体が反応することもあれば、やる気がなくなったり、反対に怒りの感情が湧いたりと心が反応することもある。そして、それらは自然な反応であることを伝える。しかし、それらの反応が長く続くと、心身症や神経症などの病気になったり、あってはならないが、取り返しのつかない傷を人に負わせることもあるので、上手に対処することが必要であると説明する。そこで、「いままでつらいことがあったときに、君たちはどんな工夫をしてきましたか」と問いかける。「友だちとしゃべる」「マンガを読んで気分を変える」「どんなことかよく考える」などさまざまな対処を子どもたちが語る。なかには、「暴れる」「妹にあたる」といった人を傷つける対処もでてくる。怒りという感情を尊重しながら、社会が受け入れる感情の表現のしかたを提案する。怒りを上手に表現するためには、気持ちを落ち着けることが必要であることを話し、呼吸法や動作法などのリラクセーション法を練習する。次に、怒りの感情をうまく表現する方法をロールプレイで体験的に学ぶ。
 兵庫県は、阪神淡路大震災と神戸連続殺傷事件を経験したことから、心の教育に力をいれてきた。少年事件後に設置された「心の教育緊急会議(座長、河合隼雄)の提言を受けて、中学2年生が職場経験をする中学生長期社会体験学習(通称「トライやる・ウィーク」)が平成10年から実施されている。また、全ての児童生徒への心の教育を推進するために心の教育総合センター(センター長、上地安昭)が平成10年4月に開設され、「心の教育実践授業検討委員会」が現職教員を委員として組織されている。最近「心の教育授業実践研究」第2号が発行され、小学校低学年から高等学校までの授業研究が紹介されている。授業は、ストレスマネジメント教育、いじめ防止などの人間関係訓練、自己発見の3つから構成されている。ストレスマネジメント教育は、人間関係訓練や自己発見のベースになる教育活動として位置づけられている。
 このような教育実践をどのように広く展開していくかが、今日的課題である。文部省は、2002年に「総合的な学習」を導入する。その授業内容を、特定していないが、環境(地域)、情報、国際理解、人権・福祉の4つを例示している。いずれも、「生きる力」を育むには、大切な内容である。しかし、学習に当たっては、自分との対話や他者を尊重する構えがそのベースとなることは言うまでもない。そこで、「自己活動」や「心理教育」を例示し、そのひとつの内容にストレスマネジメント教育を含むことを提案したい。
 ただし、教育実践にあたっては、全ての子どもの自己選択・自己決定を尊重しながら、体験的な学習を嫌がる子どもには強制しないといった配慮が必要であり、スクールカウンセラーなどの臨床心理学の専門家と連携をとりながらすすめたい。
 凶悪な少年事件の背景には、自分の感情や存在を否定するような傷つき経験がある。そして、傷つけている者が傷つけられた者の傷の深さに気づいていない点に、今の悲劇がある。虐待やいじめがどんな悲惨な結果をもたらすかを教え、望ましいかかわり方を体験的に学ぶ場を公的機関が用意する時代が来ている。少年たちの心の闇を理解することも必要だが、心の光を膨らます支援こそ今、求められている。
 
 
  第1回わくわくチャレンジキャンプ(兵庫県児童養護施設連絡協議会主催)の企画にあたって
兵庫教育大学発達心理臨床研究センター・トラウマ回復支援分野・冨永良喜
 
 兵庫県児童養護施設連絡協議会会長吉田隆三先生(アメニティーホーム広畑学園園長)から、兵庫県下14児童養護施設の入所児童の心のケアの充実を図るために、夏期に3泊4日のキャンプを実施したいので、プログラムについて助言して欲しいと依頼があったのは、昨年の10月13日でした。本学センターにトラウマ回復支援分野が新設され、被虐待児童の心理療法をはじめたこともあり、私にできることならとお引き受けすることとしました。そして、プログラム構成の柱を、心の教育実践授業(心の授業)にしてはどうだろうと考えました。心の教育実践授業とは、道徳、特別活動、総合的な学習の時間に実践できる「人間関係訓練・自己理解・ストレスマネジメントといった内容を中心とした参加体験型の予防教育」です(兵庫県立教育研修所心の教育総合センター発行「心の教育実践授業研究第1号、第2号」www.hyogo-edu.yashiro.hyogo.jpに全文掲載しています)。心の授業とは、自分のもっている潜在的な力を膨らまし、安心感や安全感を回復し、よりよい人間関係の作り方を学ぶ教育です。ショックに出合ったときの心身反応を学び、それに対処する術(すべ)を体験的に学ぶストレスマネジメント教育。さわやかな自己主張を学ぶアサーショントレーニング。過去の人と人のよいつながりを見つめる内観療法。人と人のよいふれあいは心を癒すといったメッセージをもった構成的グループエンカウンター。そういった内容のキャンプにしてはどうだろうと考えました。自分の感情を自然に表現することの大切さについてのメッセージを込めながら、これから将来を生きぬく力のほんの少しでも援助できればとの思いを込めて企画の助言をいたしました。
 講師には、内観療法の三木善彦先生ご夫妻、シドニーオリンピックの野球チームのスポーツカウンセラーである山中寛さんが来て下さることになりました。三木先生ご夫妻は、岡山でのお仕事の帰り道に立ち寄って頂けることになりました。いつも同じネタ(失礼!)の手品ですが、あの話術には、なんとも心が癒されます。山中さんは夏期の合宿の合間をぬって来てくれることになりました。オリンピック選手がやっている呼吸法・漸進性弛緩法・動作法などを伝授してもらおうと思っています。
 日程は、8月3日から6日までです。
 1名のトレーナーに対して2名の児童を担当し、児童6名・トレーナー3名・グループリーダー1名の計10名を1班として、10班の構成を予定しています。ですから、60名の児童と約60名の大人です。児童は小学5・6年生を対象としています。トレーナーは施設の職員が15名、そして心理臨床専攻の大学院生を中心に15名、サブトレーナーは心理臨床を専攻する学部生10名です。
 会場は、青垣町の丹波少年自然の家です。私たちは障害児の療育キャンプを長年この会場で実施しています。豊かな自然があります。そしてなにより、この会場の素晴らしさは、少年自然の家の横谷典之所長をはじめとして職員の方々の気持ちです。一昨年、1億円をかけて、障害児者のために全館バリヤフリー(エレベーター・障害者用宿泊室・トイレの設置など)を実現しました。全国的にもめずらしい施設ではないでしょうか。
 各養護施設に「心のケア専門委員」を設置し、その委員の方が中心となって委員会を立ち上げ、計7回の事前打合会を実施してきました。事前打合会では、児童虐待に関する治療と研究の第一人者である西澤哲先生(大阪大学)を招いて、講演会も企画しました。また、事前研修では、ストレスマネジメント・アサーショントレーニング・構成的グループエンカウンターの実習をかさねてきました。
 7月1日には、トレーナーとスタッフ全員が集まり、最終的な打合会を終えました。子どもたちの心の光を少しでもふくらます支援ができればと願うばかりです。
 
心の傷と癒し No.1 1999.7.11
日本臨床心理士会主催被害者支援研修会の開催にあたって 兵庫教育大学・冨永良喜
 日本臨床心理士会主催被害者支援研修会が1999年7月11日に開催される。被害者支援専門委員会が村瀬嘉代子先生を委員長に、久留一郎先生、三木善彦先生、そしてどういうわけか私が委員となって本年1月に発足した。日本臨床心理士会では、スクールカウンセリング、HIVに続いて3つめの専門委員会である。第1回を企画するにあたり、震災・少年事件と連続して絶えがたい経験をした神戸で開催してはどうかと、委員の方々の意見が一致した。兵庫県臨床心理士会会長の杉村省吾先生に打診したところ、すぐに理事会に諮り快諾していただいた。研修会の内容については、トラウマ研究の第一人者である中井久夫先生にご講演を頂戴できればと、村瀬先生からお願い申し上げたところ、快くお引き受け下さった。分科会は、初回ということもあり、専門委員会委員を中心に企画してはとの意見がだされた。どれくらい参加希望者がいるか予想がたたず、たくさん希望者がでるという意見と自然災害への関心が風化しつつあるため少ないだろうという意見にわかれた。会場は、神戸国際会議場を押さえたが、すでに700名収容できるメインホールは他の団体の予約がはいっており、400名収容の会議場しか予約できなかった。
 日本臨床心理士会会員へ参加予約の申込が送られるや否や、申込が殺到しはじめたらしい。この分では、締め切り日までに、希望者は、1000名を越えるとのこと。特に、全国の警察関係の方々の申込が多く、犯罪被害の心のケアの切迫した必要性が感じられた。次回の企画を考えないといけないだろう。
 分科会の申込は、児童虐待がもっとも多く、次いで、犯罪被害、少年事件の順であった。自然災害での心の癒しは、とりわけ重要なのだが、どうしても人的災害に関心がいくようだ。自然災害での支援プログラムは、心の傷をトラウマにしない点で、予防的な側面ももっている。虐待、事件といった悲惨な出来事が起こってからの対応は、もちろん重要ではあるが、予防的な側面は不可欠である。震災から学んだ教訓は、ひごろの活動の大切さである。いま、学校教育の中で、ストレスマネジメント教育を中心とした心の教育の実践を推進している。プレッシャーから死の恐怖まで、さまざまなストレスにどのように構えるか、ひいては生きる構えを考え、リラクセーションなどの体験ワークを取り入れた授業実践である。
 研修会開催にあたって、震災復興の現状を記した冊子を参加者にお渡ししたい旨、被災者復興支援会議Uの事務局に問い合わせたところ、「フェニックス兵庫-阪神淡路大震災からの復興」を財団法人阪神・淡路大震災復興基金から提供していただけることになった。ここに深く感謝するとともに、犠牲になられた方々のご冥福をお祈りいたします。
                      1999.6.30