心の傷を創造へのエネルギーに
学園だより 兵庫教育大学発行
「つらいことに合ったら、悲しくなるのは自然だよ。嫌なことをされたら怒りの感情がわくのは自然だよ。でも、怒りや悲しみを、無理に身体に閉じこめたり、人を傷つけるといったやり方で発散するのはまちがいだよ。自分を傷つけない、人を傷つけない感情の表現を身につけよう」とのメッセージを送りたい。
戦後、日本社会は、がんばることで、高度経済成長をもたらしてきた。いまの若者たちの親は、「巨人の星」や「アタックNo.1」を見て育った。もちろん、がんばることは、よいことだが、それとともに、感情を身体に閉じこめることが美徳として賞賛された。こういった信念は、ストレスが身体の疾患としてあらわれる心身症(過敏性腸症候群、ストレス性潰瘍、過換気症候群、脱毛、チックなど)をもたらす。
また、「自由」が叫ばれ、自由に伴う「責任」については、教育や社会は、問わないできた。人に迷惑になる自由は許されないという当たり前のメッセージが伝えられてこなかった。「いじめられるあなたにも問題があるのよ」といった間違った信念は、責任ということを真剣に考えてこなかった一例である。これが、非行などの反社会的行動のひとつの原因である。そういった時代背景の中で、人々は傷つき、憎しみや怒りが生まれる。憎しみは、向けられるべき対象に向けられずに、自分を傷つけたり、他者を傷つけ、悲劇が生まれている。
そういった悪循環を絶つのが、カウンセリングであり、教育である。それは、新たな体験を伴うカウンセリングであり、教育でもある。私たちは、いま、個人へのカウンセリングだけではなく、クラスや学校全体を対象とした心の予防教育−ストレスマネジメント教育−を展開している。怒りを鎮めるリラックス法、他者を援助するペア・リラクセーション、さわやかな自己主張の仕方を学ぶアサーション・トレーニングなど、さまざまな体験ワークがある。それらの体験は、いじめや虐待やDV(ドメスティックバイオレンス)を防止する力を培う。また、虐待や災害によるトラウマ(深い心の傷)を抱える人たちは、そういった体験によって、トラウマが自分を社会へ生かしていくエネルギーになることに気づく。「トラウマは、創造と破壊のエネルギーを生む」(ジュディス・ハーマン、「心的外傷と回復」みすず書房)からである。トラウマを破壊から創造へのエネルギーに転換するためには、そこに立ち会う人が必要であり、カウンセラーや教師がその中心的な役割を果たす。
教育大学は、学生も含めて、対人援助の専門家集団である。しかし、立ち会う人のかかわりは、破壊への世界へ突き落としてしまうという危険性もはらんでいる。トラウマを創造へのエネルギーに変えるには、立ち会う人の共感が必要である。共感とは、なんでも認めることではなく、ちがうことはちがうと、はっきりと言える力でもある。共感が同情になってしまう人や、自分を表現することがむつかしい人は、対人援助に関わる職ではない道を探すことも、個を生かす道であることを忘れてはならない。