クリティカルシンキング ― 問いを立てる姿勢とスキル ― 


第1部 概説 クリティカルシンキングとは何か?


◆個人的な経緯から : 私とクリティカルシンキングの出会い

◆クリティカルシンキングの基本

◆知的ツールとしてのクリティカルシンキング  具体的な道具の例

 人間の思考の特性について考え、自覚し、利用する(メタ認知)−心理学的アプローチ
 根本的な原則は、二分法的な白黒思考から脱却し、より多面的(複眼的)視点からみること。

◆改めて、クリティカルシンキングとは何か?

第2部 国語教師はどのように「問い」を構成するのか? 自らの実践をクリティカルに問い直す

ここでは我々(宮元と山中)の方から、会の参加者に投げかけた「問い」や提案、また、議論の核になったテーマを掲載することにします。

◆国語教師は、日々の授業を準備し、行う中でどのように・どのような「問い」を立てているのか?

 ・クリティカルシンキングは特別な思考法ではない。教師の日々の実践の中に既にあるもの。
  日常的に行っていることもあれば、なかなかできていないこともある。
  → あらためて「クリティカルシンキング」という概念で整理することで、自らの認知(思考)を
     相対化、客対化し、省察することが可能となる。

 ・教師は、授業を構成するために、まず、自らが教材の文章について理解しようとし、その上
  で、単元で何が求められているかを考え、学習目標を達成し、評価するための問いや活動
  の手段を考えるプロセスを踏むだろう。
  その教師の行為はまさに、「問い」を立てている=クリティカルに考えていることになる。
  → 教師は、生徒に自らの「問い−理解−問いの生成」のプロセスを開示することもできる。

 ・「問い」に対する答えの選択肢を想定することは難しい。
  特に、テスト問題を作成しようと思ったら、どのような「間違い(教師の目から見て間違いと
  見える答え)」のヴァリエーションがあり得るかを自ら予測する必要がある。これも、すなわち
  自己省察的な「問い」のプロセスといえる。

 ・さまざまな「答え」に対する教師の反応は?
  個々人、それぞれの理解があり得ることを認めつつ、安易に「人それぞれ」に逃げ込まない
  ためには、どうすればよいだろうか。

◆ “おもしろい” 国語の授業とはどんな授業か?

 ・読解力・理解力に対する疑問
 試しに、高校の国語教科書の論説文を何本か読んでみたが、分からないことだらけ。

 「分かる」ための読み ・・・ 正しい読み、正しい理解を前提とする読み
     ↑
     ↓
 「分からない」ことを見出し、考察し、理解しようとすると共に(and/or)新たなアイディアを
 展開するための読み
  (将来的に最も必要とされるのはこうした読み方ではないか?)

 ・「教材
学ぶのか、教材 学ぶのか?」

  どの生徒にも、「分からない」ことがある(「分からないことを見出せる」)という前提から
  出発する。
    ・それは語彙や知識のレベルかもしれない
    ・それは文章の論理構造を理解するレベルかもしれない
    ・それは著者の主張に対する批判的問いのレベルかもしれない

 ・「問い」の生成を経験し、教師と生徒達の間で共有しあう国語の授業を構築できないか?

◆「正しい理解」がまず先にあって、その後で疑問や批判が生まれるのか?

 きちんとした文章理解が先にあって、その後ではじめて、内容の批判的な検討が可能になる
 (あるいは、疑問を出したり、批判する「
資格がある」)という観念を前提にしている国語教師
 が多いのではないだろうか? ……これは国語教師だけではないと思う。「批判をするなら
 その前に、正確に理解してからにして欲しい!」は誰かに批判を受けた人の常套文句。

 →必ずしもそうではないのではないか?
  「ここはよく分からない」「本当なのか?」と、疑問を出しながら読み進めることが、より深い
 理解を促進する。 疑問をぶつけてはじめて理解できるという面がある。
 「理解」は常にあやふやで、発展や変容を続けるもの。

 自分の立場や、知識・経験の変化・発展に伴って同じ文章の「理解」が変わるのはなぜか?

 直接議論する相手がいる時には、いったん、その人の考えをできるだけ相手の考えに沿って
 理解しようとする(そのために、分からないことを問い、確認し合う)ことも必要だろう。
 しかし、文章教材はパブリックなものである以上、どう読まれてもよい面もあるだろう。
 読み手にとっては、それをネタにして自分の考えを発展できればよいのではないか。
 少なくともそうした読みの立場もありうるだろう。

◆生徒に、教師の役割を与えて「問い」を構成させてはどうか?

  メタ認知を強制的に発動させる。
   ・構造を意識化させる
   ・読みの観点を意識化させる
   ・自分と違う受け取り方や考え方をするかもしれない「他者」の
    存在を意識化させる