臨床においてクリティカルに考えるということ


臨床においてクリティカルに考えるということ

兵庫教育大学 宮元博章

クリティカル・シンキングとは?
 クリティカル・シンキング(批判的思考)の定義や意味内容,あるいはどの側面に力点が置かれるかは,この言葉を使う人によってさまざまであり,統一的な見解はない。中には「論理的思考」とほぼ同義のものと見なしている人もいるし,「問題解決的思考」や「説得のための技法」と見る人もいる。心理学者である話者らは10年ほど前から,心理学の研究知見や考え方を中核においた批判的思考の考え方と技法を紹介してきたが,この間にも考えが少しずつ変化してきている(そのため,話者自身は最近この"クリティカル・シンキング"という言葉をあまり使わなくなった)。

 統一的な見解はないものの,この概念の下にある程度共約される点はある。それは,@「何か」について問いをもつこと,Aその問いを吟味するために,明瞭な言葉にすること(できれば主張+根拠という「議論」の形に),B他の可能性を柔軟に,積極的に考えること(他の原因,他の解釈,他の解決方法,他の目標,他の視点・発想,等々)である。その目的は単に間違いや議論の欠陥を探して指摘すること(狭義の「批判」)ではなく,むしろ「何か」をよりよく理解し,さらには,その「何か」を超えた(自分がまだ気づいていない)よりすぐれた解の可能性を探るためのものである。

 この「何か」には,たとえばある学説,主張,プラン,実践技法,常識,制度,慣習・マナー,マニュアル,ある人の行動・発言の原因や意図,などさまざまなものが入る。また,問いの吟味と他の可能性の考慮のためのツールとして,論理学や哲学や我々人間の思考のあり方についての知識(心理学)が役に立ったりするが,論理学や哲学や心理学の知識がなければできないというものではないし,体系的な思考技法が確立しているわけではない。より重要なことは問いを立て,吟味しようとする行為であり,姿勢である。つまり,「クリティカル・シンキング」という名の,ある特殊な思考技法よりも,クリティカルに考えようとする行為のあり方が重要なのである。とは言え,抽象的,観念的な「べき論」だけで思考が自然に磨かれるわけではない。自分に関わりのある生きた材料を用いての具体的で意識的な思考技法の訓練の機会と,そのための,ある種のガイド(手本となるモデルや指導者,本など)はもちろんあった方がよい。


学校教育の中の「常識」を問う
 本講座のテーマは臨床においてクリティカルに考えることだが,話者は理学療法の専門家ではないので,この分野の臨床でのクリティカルな思考に関する話題は提供できない。その代わり,話者がたずさわっている教育分野でのクリティカルな思考のあり方を例に話しをさせてもらう。教育現場での実践も(学習場面も含めて)「臨床」という概念で捉えることは可能であるし,学校教育は誰もが経験しているはずなので,その意を汲んでもらえると思う。

 学校という場所は,あまりにも当たり前すぎて,子どもにも,教師にも,保護者にも問われることがない慣習=常識が極めて多く存在している所である。しかし,ひとたび疑いの目をもち,その必然性を再考するならば,その慣習の背後にある暗黙の前提が垣間見えてくる。たとえば,何故クラスがあるのか? 何故時間割があるのか? 何故教師は,自分は知っているはずのことを子どもたちに問うのか? 何故子どもたちが掃除をするのか? 何故,クラスや子どもたちの状況に関わらず「今月のめあて」なるものが設定されるのか? 何故クラスの他の子どもは「友だち」と一括りにされるのか? 何故テストでは何も見てはいけないのか,制限時間があるのか? こうした「当たり前」を問い直してみることには意味がある。実際,こうした当たり前が当たり前でない文化や事例はあるし,時を経てみると,以前の「当たり前」が既に非常識になっているケースもある。


実践のリフレクション
 近年,教師教育の分野で注目されつつある授業リフレクションという研修法があり,これが本講座で話者が伝えたい広義のクリティカル・シンキングと関連が深いので紹介したい。授業リフレクションでは自らの授業場面を見直した上で,さらにプロンプターと呼ばれる対等な同業他者と対話をする。つまり自らの頭で考えるだけでなく,他者の頭も積極的に借りるのである。その中で,教師自身の現在の実践を成り立たせている,通常はほとんど言語化されることのない(つまり,身体化された)「実践知」を省察し,その背後にある自身の(また自身が属する文化の)教育技術や教育観を浮き彫りにすると共に,それ以外のものの見方や行為のありようがありうるという可能性を拓こうとする。それを通して,単なる「反省」や目先の行動改善を超えた,認識の革新や教師としての成長を目指そうとする。つまり,この授業リフレクションとは,自らの(あるいは,教師の一般的な)実践を問い直し,より良いものにしていこうとする「クリティカルなあり方」を発動させるための仕掛であり,枠組なのである。