批判的思考を中核においた心理学教育のあり方について

兵庫教育大学教育基礎講座 宮元博章

出典は、『伝統と創造』 (人文書院, 2000) Pp.95-106 です。
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なお、Webページ公開に際し、文章の一部を修正しました。


1.はじめに

 社会経済構造の急激な変化,地球規模での環境不安,科学技術の加速度的革新とメディアの発達による情報の洪水,価値の多様化といった不透明な現代社会の中で,「自ら学び,自ら考える力」の育成が,初等教育から高等教育に至るさまざまな教育場面においてますます強く求められるようになっている。平成3年に出された大学審議会答申とそれを受けての設置基準の大綱化が引き金となり,ここ数年,大学改革あるいは大学の授業改善に関する書物が数多く刊行されてきている。しかし,それらは全般的な大学教育(改革)論や技術論が中心で,それぞれの学問領域に沿った専門教育および一般教育の理念や方法論の展開がなされているとは言いがたい。

 筆者が専門とする心理学に関して言えば,教育心理学者たちは,教育方法の開発と効果の測定・分析について独特のノウハウを開発してきたはずなのだが,自らが行っている心理学教育に関しては,問題を明確にした上での体系的な研究はほとんど見られない。心理学の授業を題材として効果的な教授法とテクノロジーの適用について検討した研究は散見されるものの(たとえば,伊藤,1997),その対象が「心理学」である必然性はあまりない。心理学の教育を通して学生たちに何を伝えるべきなのかといった根本的な理念を検討しながら,それに基づいて内容を組み立て,方法を考える「心理学の教育学」なるものは我が国にはまだ成立していないように思われる。実際,日本ではこれまで「心理学教育」そのものをテーマとして,理念と方法を徹底して検討したような著書は1冊も出ていない(論文としては,吉村・吉村(1995)等がある)。

 本稿において,筆者は「批判的思考(critical thinking)」を教育の中核的目標であると同時に方法論の中心にすえた心理学教育の構想を提唱したい。筆者らはここ数年,批判的思考のためのテキストの翻訳(Zechmeister & Johnson,1992)や,一般向けの啓発書(道田・宮元,1999)の執筆を通して,日本においてまだ馴染みの薄いこの考え方を紹介してきた。これらの書物はどれも心理学の知見を基盤にして批判的思考を展開した内容ではあるが,心理学教育そのものに直接結びついた内容ではなかった。そこで本稿では,これからの心理学教育を考え,展開していくための枠組みの概略を提示することにする。なお,本稿では「心理学教育」という場合,主として一般教育としての心理学入門,あるいは概論的な授業,もしくはそのためのテキストを想定している。しかし,批判的思考を中心にすえるべきという基本的な考え方は,より専門的な科目においても同じである。

2.批判的思考とは何か

 批判的思考はアメリカの教育,特に高等教育においては最も重要な教育目標の一つとみなされているが(Kurfiss,1988),同時にこの用語は,使う人ごとに概念が異なると言われるほどの混乱を呈している。この分野の第一人者であるEnnis(1987)の示した概括的な定義によれば,批判的思考とは「何を信じ,何をすべきかの判断のための,合理的な反省的思考(p.10)」である。より具体性の高い定義の例としては「しっかりとした裏づけのある根拠にもとづいて主張を評価し,判断をくだす能力と意志(Wade,1997,p.153)」等をあげることができる。このように「批判的」といっても,必ずしも対象の欠点を指摘するといった否定的な意味は含まれていない。

 心理学者であるWadeの定義は,批判的思考の構成要素として「知識・スキル」といった能力の成分と,その能力を発動し,展開しようとする態度や特性といった"dispositional"な成分の両面を含んだものであり,これはDewey以来,アメリカの思考教育の分野では広くコンセンサスを得た考え方である。さらに,Wadeによれば,この定義は提示された議論の分析にどどまらず,自ら根拠を求め,問題を検証していく能動的プロセスも含意しているという(Wade,1995)。Wadeの関心は批判的思考の心理学への適用にあるが,この定義自体は心理学的な側面が強調されているわけではない。より心理学的な観点から,その具体的な思考プロセスを盛り込んだ定義としては,Smith(1994)の「先入観を排し,証拠を集め,仮説を慎重に考慮,評価して結論に達しようとする,論理的かつ合理的なプロセス(p.2)」等を挙げることができる。

 基本的に批判的思考の対象となるものは広義の「議論」である。「議論」は一般に,根拠に基づいてなされたある主張を指す。ここで,筆者の考える批判的思考の基本的な概念を述べておこう。それは,適切な根拠(事実,理論等)を基にし,妥当な推論過程を経て,結論・判断を導き出す思考過程,あるいは,所与の主張・議論について,その根拠や推論過程の適切さを吟味する思考過程である。また,その思考過程は,高度に意識的,主体的なものであることを特徴とする。これを図示すると,下図のようになる(道田・宮元(1999)を基に一部改変)。より具体的に言えば,この一連の思考過程の中で,次のような知的作業が要求される。

 @「事実」と推論や解釈の結果である「意見」を区別すること。
 A根拠としての「事実」が本当に信頼できる事実なのか,また,全体をよく代表した
  事実なのかを検討すること。
 B「推論」は妥当な論理を踏まえているか,歪んでいないか,また,他の説明の可能性
  はないかを検討すること。
 C「結論」について,問題・目的からみた妥当性,現実性,有用性を検討すること。
 Dこれらの検討過程(思考プロセス)に対し,種々の心理的要因(思考のバイアスや,
  状況的要因等)が影響を及ぼしている可能性について自覚を持つこと。

          図1.批判的思考のプロセス

3.心理学と批判的思考

 心理学教育と批判的思考の結びつきは,1980年代以降,合衆国において特に強く意識されるようになった(例えば,Nummedal & Halpern(1995)やSternberg(1997)を参照)。Griggs et al.(1998)の調査によれば,1997年時点でアメリカの大学でよく使われている"full-length"の心理学入門テキスト37冊のうち,「批判的思考」という言葉について全く言及がないテキストはわずか8%(3冊)にすぎないという。

 もちろん批判的思考は心理学のみに関わるものではなく,あらゆる領域での学習において有益なものであろうが,心理学という学問分野と批判的思考の関係について特徴的な点を,ここでは次の2点から考察しておきたい。すなわち,@批判的思考の教育にとって,心理学という科目がいくつかの有利な面を持っているという点,A心理学を学ぶためには,独特な批判的思考が必要であるという点である。

 心理学が批判的思考の教育に有利な点を持つ理由の一つは,現代の心理学が「行動と心的過程の科学」として,主として実験法やシステマティックな観察法や統計法という,それ自体が客観性・論理性・合理性を追求した思考体系に基づく方法論を採用している点にある。また,人の思考過程そのものが心理学の研究対象であることも有利な点の一つである。批判的思考に対する論理学的アプローチが,テクストの読解や分析を中心に,「どう考えるのが正しいのか」という規範理論により重きを置くのに対して,心理学的(あるいは認知的な)アプローチでは,必ずしも言語化された議論のみが対象となるだけでなく,言葉にならないイメージや感情的反応,観察からの推論なども含めて,人間はものごとをどう受け取り,どう考え,どう感じがちなのか,そのようなものの見方・考え方が何に由来するのか,それが人の適応上どのような意味を持つのか,といった記述的・機能的理論を背景にして,主体的に自己の思考過程をモニターする「メタ認知」重視のアプローチを取ることが特徴といってよいであろう。

 心理学の扱う問題が,我々人間の日常生活に密接かつ広範に結びついているということも心理学教育の有利な点の一つである。批判的思考教育における重要な論争点の一つは,その一般化可能性,つまり学習の転移に関する問題である(Norris,1992)。批判的思考のスキルはそれ自体を取り上げて教えるよりも,ある特定領域の内容を通して教える方が効率的であるが,同時に特定分野で思考スキルを身につけることが,自動的に他分野での思考力の向上にはつながるわけではないということが指摘されている。それはあくまで個人が意識的にその思考法を他の局面において適用しようとする「態度や意志」の有無,およびそのような傾向性(disposition)の育成に関わっている。心理学という科目は人間の関わる,およそありとあらゆる行動や身体的反応,心的過程を対象としており,脳細胞の活動から,社会文化的現象に至る様々な領域がカバーされている。また,いわゆる「理数系」的なアプローチから「人文系」的アプローチに至る様々な学問体系をうちに含んでいる。このような異様ともいえる「乱雑性」を積極的に利用することで,特定領域や分野を越えた思考スキルの転移が生じやすくなるのではないかと考えられる。

 一方,心理学を学ぶ上で特に批判的思考が必要とされることの理由として,メディアを通して様々な誤った,あるいは過度に単純化された疑似科学的な心理学的知識が氾濫しており,また,限定された文化内での「常識」,人生経験や逸話的な事例を通して形成された素朴な「暗黙の心理理論」が人の信念や行動に強い影響を及ぼしているというやっかいな事情がある。心理学における問題意識が世間知や研究者の個人的体験,個人的洞察から出発する面は確かにあるが,それは検証の場に乗せる段階で「疑問」あるいは「仮説」として扱われるべきものである。研究の結果として,常識や世間知の妥当性が確認される場合もあり,覆される場合もある。批判的思考を中心にすえた心理学の教育では,まず,そのような面を明確に意識化させる必要がある。

 また,心理学の対象とする人の行動や意識内容は,しばしば曖昧で多義的な要素を含み,一つの行動の中にも,研究者の気づかない数多くの微妙な要因が複雑に交絡しており,それによって結果が歪みやすいものである。そのため,「科学的」研究法もその研究デザインの構成がずさんだったり,データの解釈の仕方に対する知識不足や,注意の不足,あるいは研究者の思い込みや信念によって,しばしば誤った実験結果や,誤った解釈を生み出すという性質をもつものである。これも,心理学教育と批判的思考を結びつける必要性を強めている理由になっている。

4.批判的思考を中核にした心理学教育

 思考を重視した教育を実行するためには,教授者は基本的に次のような点を考慮において授業を構成することが必要であると考えられる。すなわち,a)思考を触発する興味深い題材を用意する,b)考えるための基礎知識を与える,c)考えるための基礎的方略(思考法)を提示する,d)自己や他者の思考プロセスに対する意識を高める(メタ認知的モニタリング),e)学んだ「思考の方法」についての練習と習慣づけを促す。

 この一般的な枠組みを踏まえた上で,以下に,心理学の教育の中で,批判的思考を高めるための指針を挙げてみたい。

 ■心理学を「問いと検証のプロセス」として提示すること
 概論的な授業においは,しばしば,研究のプロダクトとしての事実や理論のみが与えられがちであるが,初期の段階から,心理学における種々の研究法の特徴を示し,その有効性とともに限界を具体的な研究例をもとに示すことが重要である。将来心理学を専攻しない者でも,「この実験条件と指標は,問題とされている現象に鑑みて妥当なものといえるか?」,「見落とされている重要な要因はないか」,「この実験研究の結果が,日常での出来事にどこまで当てはまるのか」といった問いを立てられるようにしたい(森による中高生を対象として書いた心理学入門書(森,1999)では,研究法についてまとまった解説がなされており評価に値する)。

 ある問題,現象,理論に関して,心理学の研究者間で論争が繰り広げられている事実を知ることは将来心理学を専攻する学生はもとより,専攻しない学生にとっても重要なことである(Wade,1997)。授業で教えられた個々の知識の多くは忘れ去られるものであろう。しかし,研究法や論争を丁寧に扱うことによって,将来,メディアを通して出会うであろう「心理学的な」主張に対して,また,心理学だけではなく,やはり自分の専門外の諸分野から出された主張に対して,「専門家による主張だから」という理由で鵜呑みにするのではなく,反対の立場があるかもしれないと疑う知的懐疑心を培うことが出来るだろうし,そうならなければならない。ただ,注意しなければならないのは,単に論争を示し,実験研究の「あら」を指摘するだけでは,学生に「結局何も分からない」という不可知論的な印象を植え付けるだけになるおそれがある。二つの相異なる論点が,どのような次元で,どのような前提で食い違っていたのか,また,第3の視点を導入することによって,その論争がどのような形で統合され,理論が進展していったかというプロセスを知ることが重要なのである。

 ■思考のための基礎的な型,あるいはガイドを示すこと
 学生に考えさせるためには,まず考えるための方略,あるいは思考のモデルを示すことが必要である。King(1995)は,汎用的な「批判的な問い」のリストを提示し,学生がそれを参考に教材に対する疑問を産出し,その後で,学生同士で互いの答えを評価しあうという訓練法を提唱している。また,Wade(1995; 1997)は批判的思考のためのガイドラインとして次の8つの原則を示している。すなわち,a)疑問を持つこと,b)問題を定義すること,c)証拠を検討すること,d)思考のバイアスと仮定を分析すること,e)感情的な推論を避けること,f)過度に単純化しないこと,g)他の解釈も検討すること,h)不確かさに耐えること,である。彼女は授業やテキストの中で,これらの原則が適用できる場所では必ず指摘し,学生に意識させるようし向けると同時に,この原則を用いて議論を分析させる課題を課しているという。Smith(1994)もこれに類似した批判的思考のための7原則を挙げているし,同様のガイドラインは,Matlin(1999)やMorris & Maisto(1999)のテキスト等にも見られる。ここで,注目すべきことは,これらの思考のガイドがいずれも心理学入門のためのテキストや副読本に明示的に掲げられ,解説されているということである。すなわち,心理学を初めて学ぶ学生が,心理学の基礎的な事項を学びながら,同時にその学びつつある事柄を,意識的・批判的に省察(reflect)するための視点と方法が,明示的に与えらるということである。

 ■説明において過度の単純化を避け,心理学の複雑性を示すこと
 心理学の歴史において,領域を越えて一貫して問い続けられてきた主要な問題として,「人−状況」,「遺伝−環境」,「安定−変化」,「人間の適応性(有能性)−誤謬性」,「人間の共通性−人間の多様性」,「心−身体問題」,「決定論的観点−非決定論(自由意志)的観点」,「法則定位的方法−個性記述的方法」といった様々な二分法的な「問い」を見出すことができる。現在の心理学教育では,序論の段階では,簡単にこのような問題に触れられることもあるだろうが,各論段階に至っては,このような「問いの構造」そのものを意識化させることはなくなってしまうのではないだろうか。しかし,批判的思考を中心においた心理学教育では,まず,このような領域を貫く「問いの構造」を繰り返し意識化させ,その上で,こうした一見,二分法的なフォーマットを取る種々の問題定位に対して,二分法的発想を克服し,統合あるいは融合するような視点を探ることを促すことが求められる。

 極めて単純化された二分法的な発想の克服は,専門的な研究知見を日常や一般社会向けの知識として移す際に重要になる。たとえば性差や,性格の分類,文化差,大脳半球の機能差などは,研究レベルで判明している複雑で微妙な差異と,一般に流布されている過度に単純化されたタイプ分けのギャップが甚だしいものの代表だろう。このようなメディアを通して伝えられている諸知識と,実際の研究の進展や,現実に行われた実験研究の手続きと結果の詳細な検討を比較し,そこにしばしば,大きなズレがあることを示す(あるいは調べさせる)ことで,実際の科学的研究の複雑性・微妙性を実感させ,同時に物事を鵜呑みにする事の危険性を啓発することが出来るだろう。

 ■思考を歪めうる諸要因についての心理学的知見を知ること
 たとえば,同一の実証研究の報告が与えられた場合でも,立場を異にする人々はその結果をそれぞれ自分たちの立場を支持するものとして解釈する傾向が見られる(Load,Ross & Lepper,1979)。思考プロセスを学ぶ上では,「正しい」推論の知識や「正しい」スキルだけでなく,自分を含めて,人間がどのような場合に,どのような歪んだ思考をしてしまいがちなのかに関する心理学的知見を紹介し,そのようなバイアスを持つことが,自分や他者に対する判断や行動にどのような影響を及ぼしうるのかを省察させることが重要である。幸いなことに心理学ではこのような思考の歪みに関する知識が豊富に蓄積されている(Zechmeister & Johnson,1992; 沼崎・工藤・北村,1997)。

 ■現実性を見失わないこと,日常への適用の方法と限界を知ること
 日常の現象を心理学的な概念や用語に置き換えて説明することで,人間の行動がより明確に見えてくることを示すと同時に,概念や理論を日常に適用しようとした時に「違和感」(佐藤,1997)が生じる場合もあることを認め,それを積極的に掘り起こし,慎重に検討することも大切なことである。その「違和感」は,的はずれな場合もあるが,時に理論の不完全な部分の核心を突き,新しい問いを生じさせ,それが新しい研究へとつながっていく可能性もある。そのことを学生に示し,奨励すべきである。それによって心理学が問いのプロセスであることを伝えることができる。実際,Zimbardo(1997)は,彼の代表的な研究の多くが心理学入門の授業における討論の中で学生から出てきた疑問や示唆に端を発したものであることを述べている。

 ■学習時における学びと理解のプロセスに注意を向けること
 学習のプロセスをできるだけ自己意識化させ,メタ認知を促すことが大切である。それは,そのことが学生の学習を促進し,思考力を高めるということに加えて,その営為自体が「心理学的」であるということでもある。そのためには,学習の多くの時点で,常に学習材料と学習されるべきことの概念的位置づけを明確にし,授業内での実習や活動,デモンストレーション等に際しては,その意図するところを教授者が明示すること,また,課題を与える場合にはその狙いを明示することが望まれる。

5.おわりに

 筆者は心理学のみが,思考,とりわけ批判的思考の教育に適した科目であると主張するつもりはない。また,人間・社会・物事の理解において,心理学の知識や,心理学的な考え方が最も優れていると考えているわけでもない。浅学にして他の学問領域の知識や思考法に詳しくないため,学問間の比較をすることは筆者にはできないが,心理学研究者として,また心理学教育に携わる者として,心理学教育を通して人々に何を贈ることができるかを考えて行きたいのである。

 批判的思考を意識しながら心理学を教えると言うことは,教育者自身が,自らの心理学観や人間観を批判的に省察し,社会・文化の中で心理学が人々に貢献しうる意義を考えることなくしては不可能であろう。これまで日本では心理学の教育目標,およびその教育方法については,単発的な事例報告や,個人的随想や,シンポジウム等での意見交換に留まり,学問レベルでの議論や研究が展開されず,それゆえ理論の蓄積も進展もなかったし,実証研究のテーマとしてもほとんど扱われて来なかったように思われる。しかし,これは甚だ不思議なことと言わざるを得ない。心理学者が自己の心理学的認識の枠組を省察することなく,また,自らが介入する教育行為の効果に関して,実証的に検証しようとする姿勢がないとすれば,それこそ,心理学者が心理学的なものの見方,考え方を自ら実践していないということになるからである。

 むろん,本小論で提示した指針も,現時点ではまだ具体的内容や技法を伴わない構想レベルのものであり,個人的見解の域を出たものとは言えない。今後,高等教育や批判的思考教育の諸理論や実践,および教育心理学の知見を踏まえて,これらの指針をより精緻な「モデル」にしてゆくと共に,このモデルに基づいた具体的なカリキュラムや教材を開発し,その効果を実証的に検証していかなければならない。

引用文献