第3回 遊びの指導を考える 2002 1月10日
遊びの指導について、さまざまな意見が出されました。私見をいくつか書いてみます。 「周囲の友達の遊びは、役割交替やルール理解を必要とするものなど、学年が進むにつれて、急速に発達していくのに対して、発達障害を持つ子どもさんの場合、それらの獲得が遅れるために、いっしょに遊ばなくなってきた。」ということを時々耳にします。また、加齢とともに周囲の友達の興味対象と、自分の興味対象が離れていってしまうこともあります。「小学校高学年や中学生になって、同年齢の子どもとは遊べなくなり、近所の幼稚園の子どもと空き地で怪獣ごっこををして遊んでいる」という話もよく聞きます。 このような遊びは一昔前であれば、よく遊んでくれるお兄ちゃん・お姉ちゃんとして社会的に受け入れられていたのでしょう。しかしながら、最近の世情からは、これらの行動は小さな子どもを持つ親にとって必ずしも歓迎されることばかりではないようです。 ある先生から、一人の知的障害を持つ低学年の生徒さんが地区の幼稚園に交流教育に定期的に出かけ、その中で園児たちの自然な励ましや支援によって、かかわりが生まれたり、ひとりでできることが増えたりといった効果が見られたという報告がありました。私は先に書いたような問題意識を持っていましたので、この話を聞きながら、高学年や中学生になってからも、このような交流をしてはどうかと考えていました。 園児にとってはこの学年差であれば自分たちが「何かしてあげる存在」ではなく「あそんでくれるお兄さん、お姉さん」であるかもしれません。また、発達障害を持つ生徒さんの方も「教えたり手伝ったり」といった同学年集団ではなかなかできない体験が可能になる場かもしれません。 それにもまして、近所の空き地で園児と遊んでれば「問題」とされて、交流教育やトライやるウィークで園児と遊んでいれば「ボランティア」としてしまう現代の社会の見方にも考えさせられます。「問題」とされる行動を様々なアイデアによって問題とされないような環境条件を提供することも教育者の大切な仕事ではないでしょうか。 遊びの指導については、「興味の幅の狭い子どもに興味・関心を広げていくには?」「役割交替やルール理解を促進するには?」「遊びを通してことばや運動などをのばすには?」などについて意見交換が行われました。まず教師自身が楽しむことが大事ですよね。
                                                                              (文責・井上)
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