地域社会での買い物指導
井上雅彦
1.地域社会での活動とコミュニケーション
 今までの学校教育では、「教師と子ども」や「子ども同士」のコミュニケーションの成立を当面のねらいとし、「地域社会の人たち」とのコミュニケーションの成立は、様々な校外行事や家庭生活の日常体験の中でその獲得が期待されてきたといえます。しかし、重度の知的障害や自閉症などの発達障害を持つ生徒の多くは、教室で学んだ知識や技能を地域の人とのコミュニケーションにそのまま応用することは大変困難です。こうした点は、海外の研究・実践においても早くから指摘され、実際の地域社会の中でコミュニケーションや生活技能が成立していくようそれらを日常場面や地域社会で直接教育していくことが提案され実践されてきました。 「日常機会利用型指導法(natural language teaching)」や「地域に根ざした教育(Community Based Instruction)」等の考え方や指導法がそれにあたります。コミュニケーションを成立させるためには、その環境の中に個人の「楽しみとなる活動や事象」が存在し、そのことについて要求したり報告したり共有したりできる機会が存在することが重要な要因となります。「買い物」にも「個人の好きなものを買う買い物」と「頼まれたものを買ってくる買い物」がありますが、前者の方が獲得が容易で本人の余暇としても機能する可能性があります。 個人の社会生活での質の向上を目標とした場合、そのための教育目標や教育計画は、当然対象者の年齢・性・好み・ライフスタイル・生活地域・生活範囲等により個別的なものが要求されます。たとえ同年齢での生徒で障害種や発達段階が同様であったとしても、生活する地域や習慣が異なればその教育目標はまったく異なったものになるわけです。どのような情報を基に、どのような基準で、誰が個別の教育目標を決定するかは教育活動の最も大きな問題となります。また、教育目標は必ず指導後に評価可能な具体的な行動レベルで記述される必要があります。具体的な行動レベルで記述されることで、指導の途中や指導後における評価が可能になり、達成困難な場合の指導方法の修正や目標設定の基準自体の修正も可能になるからです。 「買い物」は、商品の注文や受け渡し、金銭の受け渡しなど様々なコミュニケーション活動を含んでいます。また支払い技能も@500円や1000円などを持たせお釣りをもらう方法、Aプリベイトカードなどを使用する方法、Bレジに表示された金額を支払う方法、Cちょうどの金額がない場合少し大きめの金額を支払いお釣りをもらう方法など様々な方法が考えられますが、対象生徒の発達段階にあわせてどのレベルから始めるか選択します。例えば、金銭を数える学習を過去に行っていた事例の場合はBからの指導が選択されます。 
2.買い物指導の基礎技能の確認とその指導
 買い物指導を始める前にいくつかの行動を確認しておきます。その第一は「複数のものから特定の好みのものを選択できるか」という点です。指導方法としては、図1のようなシミュレーション場面を設定し、対象児の「好きなおやつ」を一つをあまり「好みでないもの」に混ぜておきます。多くの選択肢の中から見比べたり、探し出して「好みのもの」を選択できることが目標となります。また、選択したらそのパッケージを開けないで一定の距離を移動し、指導者のところまで持ってくるように指導します。このことは、陳列商品を開けたり、食べたりといった店での問題行動の発生を予防することにつながります。この点がクリアされていれば店での指導も用意ですし、指導において店の協力や許可を得やすくなります。また、これが可能になれば図2に示したようにお金のやりとりを入れたシミュレーションを行うのもよいでしょう。 
図1 シミュレーション場面のセッティング
図2 シミュレーション場面のセッティング
 
3.指導の方法
   表1にコンビニエンスストアで買い物の課題分析の例を示します。課題分析とは、複雑なな行動を遂行可能にするために、複雑な行動を個々の単位的な行動に分解することです。分解の仕方(どこまで細かなステップに分解するか)は個々の生徒の現在持っている力によって異なるので注意が必要です。課題分析は指導の途中に、より細かなステップに分解され再度評価する場合もあります。課題分析を行うことによって、生徒がどこでつまづいているのか、明確にすることができ、効果的な指導が可能となります。
 
 


表1 コンビニ型とスーパー型における課題分析
コンビニ型 スーパ型
@店に入る @店に入る
A商品棚に行く Aかごを取る
B品物を手に取る B商品棚に行く
Cレジに行く (レジに並ぶ) C品物をかごに入れる
Dサイフを出す  Dレジに行く (レジに並ぶ) 
Eお金を払う Eサイフを出す
Fお釣りとレシートを受け取る Fお金を払う
Gサイフをしまう Gお釣りとレシートを受け取る
H品物を受け取る Hサイフをしまう 
I店から出る Iかごを別の台に移動する
J品物を袋に詰める
K袋を持つ
L店から出る
                                            
   目標とされる行動が複雑で課題分析のステップ数が多い場合連鎖化(chaning)の技法が使われます。連鎖化には大別して順行連鎖化、逆行連鎖化の2つがあり、順行連鎖化の一つとしてよく使用されるものに全課題提示法があります。全課題提示法とは行動連鎖の最初から(例えば表1では@.から)順に指導し、生徒が間違ったり、反応しない場合は修正したり、手がかりを与えて次のステップに進み(例えばBでつまづいた場合は、修正させた後、Cに進む)、最後のステップIまで進んでいくものです。 また、生徒が間違ったり、反応しない場合はその都度適切な援助を行ないます。この援助が過剰だと、援助に頼って何もしなくなったり、指示待ちになる等の援助への依存が生じます。援助が過少だと失敗経験を重ねることで、課題場面からの回避や拒否を生じさせます。行動の自発を容易にするための援助をプロンプトといい、それを徐々に減らしていくことをフェイディングといいます。プロンプトには、行動の直前に提示することで生起を容易にする刺激プロンプトと身体介助のように行動自体に直接働きかけを行う反応プロンプトがあります。プロンプト刺激の種類としては、絵、写真、文字、指さし、サイン、言語、モデル提示、身体介助等がありますが、個々の生徒や指導課題によって有効なものが異なるため、各生徒ごとの有効性の順位を決めておきます。また、生徒が間違ったときの対応、無反応時の対応やプロンプトのタイミング、修正手続きもあらかじめ決めておきます。 フェイディングの技法には、プロンプト刺激自体を徐々に除去していく刺激フェイディング法、異なる種類のプロンプト刺激を階層的に構成し、より強いプロンプトからより弱いプロンプトへ移行するプロンプト階層減少法、逆により弱いプロンプトからより強いプロンプトに徐々に移行するプロンプト階層増加法があります。 まず事例ごとに弱いプロンプトからより強いプロンプトへの基本的階層を作っておきます。例えば1)間接的言語指示「どうするの?」2)直接的言語指示「〜するんだよ」3)直接的言語指示+指さし4)直接的言語指示+モデル(具体的にやってみる)などです。@のステップ(入店する)の場合では、一定時間たっても自発的に入店できない場合、最初のプロンプトである間接的言語指示が与えられます。さらに一定時間待っても行動が自発しない場合、二番目のプロンプトである直接的言語指示が与えられ、それでもさらに自発できなければ次のプロンプト(直接的言語指示+指さし)が与えられます。行動が自発されれば次のAのステップへ進む。このようにプロンプトとなる指示や援助を系統的に行うことで効果的な指導が可能になります。各プロンプトの提示の待ち時間は生徒の状態にあわせて任意に設定しますが、少しずつ長くすることで生徒からの自発を強化することも可能です。記録用紙には課題分析のどのステップに、どのプロンプトが用いられたか記録しておきます。
表2 記録表の例
3.指導の応用・発展
 指導の発展として表1の左にスーパーマーケットの課題分析の例を示しました。指導者はコンビニに含まれていないスーパー独自のステップに着目して指導していくことで効率的な指導の発展が期待できます。また金銭管理技能の指導とも併用していくようにします。地域での指導を積極的に行っていくメリットとして、日常場面での般化が容易であるということがあげられます。また店員も指導場面を実際にみることになりますから、子どもへの援助方法や声かけの仕方などが自然に身に付くことがあげられます。指導を対象児の実際に利用する地域のコンビニではなく学校の近所の店舗で行なった場合、保護者の協力の下、地域の店での指導に発展させていくことが必要でしょう。
ver.1 2001/02/05
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