かかわり行動の指導(初期的な関係づくり)
井上雅彦
1.かかわりの指導(初期的な関係づくり)
 多動性の高い自閉症児やこちらから働きかけようと思ってもうまくかかわりがとれない子どもの場合、コミュニケーション指導は、まず大人の声かけや動作に対して注意を向けたり、子どもの方から大人に対して接近したり要求する等、自発的にかかわってくるような関係を形成する必要があります。このような初期的関係を形成するためには、他者(大人)の存在が子どもに対して嫌悪的な存在にならないようにすることが大切です。つまり、子どもが他者とかかわることによって、子ども自身によりよい結果がもたらされるというような随伴関係を充分に体験させることです。
2.対象児
 保育所に通所している4歳の男の子。集団に入ることが困難で水遊びや積み木並べなどの一人遊びが多く、一つの遊びはあまり長く続きませんでした。発語はないが、「アピッ、ウピッ」などの緊張の入った発声が可能でした。つま先立ちでぐるぐる部屋の中を走り回ったり、大人から手を触られると緊張させて引っ込めてしまうなど対人的にも高い緊張を持っていました。動作模倣や音声模倣も困難であり、教師の働きかけに対しては強い回避がみられていました。
3.評価の方法
 コミュニケーションの基本は相手の喜ぶことや好きなことを知り、それについて相手の要求を受容したり、情報を共有することでしょう。まず、保護者から子どもの喜ぶこと好きなこと(活動や物)は何か、嫌なことは何か聞き取りを行ないます。そして、教室内で指導するのであれば教室内で、園庭など教室外で指導するのであればその環境の中で導入できそうな好みの活動や物を選択し、配置し、実際にその場面で子どもの様子を観察してみます。 コミュニケーション指導には、子どもがそれを始めた後、それを使ってずっと一人遊びが継続してしまう遊びよりも、大人とかかわることで成立する遊びの方が望ましいと思います。例えば、同じ感覚・運動的な遊びであっても、「トランポリン」だと一人で跳び続けてしまって教師の声かけやかかわりにはほとんど反応できないかもしれません。しかしセラピーボールの上に教師が乗せてやり、手で支えてやってジャンプさせるようにすれば、教師との共同しての遊びが成立し、そこにコミュニケーションが介在することになります(図1)。
 まず、このような教師が介在しやすい好みの活動をアセスメントします。また、このような「物や活動に対する好み」だけでなく「人の行動に対する好み」についてもアセスメントします。例えば、他者の接近に対しても「どの方向からの」「どれくらいのスピードでの」「どのような強度(声かけしながら・顔や手を差し出しながら等)の」接近に対して回避が生じやすいのか評価します。また、くすぐりや抱っこや握手等対人的な接触刺激、声かけやほほえみといった社会的な刺激に対して受容的肯定的か、拒否的回避的か、あるいはほとんど反応しないか評価します。 本事例の場合、好みの活動はかなり限定されており、絵本や積み木を並べるような視覚的な同一性保持の遊びと、回転したり飛び跳ねたりといった感覚運動系の遊びが主でした。このため指導場面では、セラピーボールでの揺らし遊びが有効であろうと考えられました。この遊びはA児一人では行うことが困難であり、子どもからの要求的かかわりの自発が期待できると考えられました。A児は対人的な刺激に対して過敏であり、正面からの声かけしながらの接近に対しては強い回避反応を示していました。また、手に触られたり手を引かれて誘導されることに対しても強い抵抗を示しました。 多動傾向の子どもの場合、日常生活の中で子どもを危険から守ったり、不適切な行動から引き離すために養育者は様々な手段をとらざるを得ません。手を引かれるということは、子どもにとっては楽しみから引き離されたり拘束されることを意味します。セラピーボール場面では、逆に教師の手を握ることで楽しい結果が得られるため、子どもにとっては抵抗が少なくなると考えられます。A児の多動傾向は、活動レパートリーの少なさ、刺激に対する過敏性に加えて生活上の様々な学習によってもたらされていると考えられました。
     図1
4.指導目標の選定  
 基本的にA児の行動には特に制限は設けませんでした。主たる指導目標としては、セラピーボール場面での対人接近・要求行動(手を差し出す行動)とし、発声、模倣的反応、活動レパートリーの増加もあわせて目標としました。緊張発声以外の発声に対しては子どもの発声と同じ発声で返すようにしました。また模倣的反応やこちらからの働きかけに対する反応(例えば玩具を受け取る)等に対しては言語的賞賛とともに、くすぐりや抱っこを随伴しました。
5.指導の方法
 指導時間中は基本的に子どものペースで行いました。プレイルームのセッティングは、部屋に子どもの好む他の遊具が多いと一人遊びになってしまいやすいので、室内の他の遊具は大人が介在できるような物を中心に調整し、不要な物はしまっておくようにしました。
表1 ステップ

ステップ1子どものすぐ側にセラピーボールを置いて誘いかけを行う。教師はボールの側にいる。
ステップ2子どもからセラピーボールを1m離して誘いかけを行う。教師はボールの側にいる。
ステップ3子どもからセラピーボールを3m離して誘いかけかけを行う。教師はボールの側にいる。
ステップ4子どもからセラピーボールを5m離して誘いかけを行う。教師はボールの側にいる。
ステップ5子どもからセラピーボールを5m以上離して誘いかけを行う。教師はボールから数m離れる

    
 表1に指導ステップの例を、指導セッティングを図2に示しました。ステップ1では、子どものすぐ側にセラピーボールを置いて誘いかけを行います。教師はボールの側にいて子どもからの手を出してくる要求行動に対して、ボールに乗せて揺らして遊ぶようにします。この時、子どもに対して緊張を誘発しないようにかかわることが必要です。手や足を突っ張らせたり、体をそらせたり、よじるような動きを出してくるときは、揺らし方や声かけを少しソフトにかかわるようにします。 また子どものそのときの状態に応じて図1のように子どもの身体を支える位置やボールに乗せる位置を工夫することも必要です。また、子どもをボールから降ろす際にはできるだけ「抱っこ」や「ぐるぐる回し」等の身体遊びを行うようにします。これは身体遊びを抵抗の少ない状態で随伴することで人との接触に対して慣れさせ、人そのものに対する接近行動を形成していくためです。ステップ1が達成されたら(例えば5回以上連続する)、次のステップに進むようにしますが、つまづきが多くみられるようであれば前のステップに戻しながら進めていくようにします。 ステップ5からは、教師はボールから数m離れて待ちます。教師の方に接近して手を出してくれば抱っこやぐるぐる回しなどの身体遊びを行った後「ボール持ってきて」と促します。子どもがボールに接近する場合は同様にボールを持ってくるように促し、先のステップと同様に対応します。指導中、子どもは必ずこちらの予想できない反応をするものです。場合によって教師は指導手続きを修正しなければならない事態も生じることを常に考えにいれておき、臨機応変に対処することが必要です。A児の場合にも、部屋の隅に置いてある大型積み木に興味を示し、それを取り出して部屋の中央に並べる行動に従事し始めるということがありました。教師は大型積み木を途中まで運び、子どもに受け渡し、子どもはそれを並べるというかかわりを含んだ共同遊びをしばらく展開した後、再びボールでの誘いかけを開始するようにしました。 

図2
6.記録と評価
 指導時間中の詳細な記録は困難ですので、指導時間中は最小限の記録を行い、後で整理するようにします。ビデオ等を利用するのもよいでしょう。また、このような接近行動が他の人や他の文脈でも生起するか評価していきます。そして付加的指導としては複数の類似場面で同様の接近行動、要求行動の指導を行います。 
7.指導の応用と発展
 本事例では、その後「接近→ボール遊び」という遊びの連鎖から、「はしご渡りして接近→ボール遊び」、「積み木渡り→はしご渡り→ボール遊び」、「積み木渡り→着席してのシール貼り→はしご渡り→ボール遊び」というように「ボール遊び」の前に行動を連鎖化させ、サーキット学習場面に発展させ、その中で「シール貼り」等、簡単なデスクによる課題を導入しました。 また、サーキットの中に入れる課題の種類や量は、その日の調子を見て指導時間の前半に行われる自由遊び場面の中で決定するようにしました。サーキット学習での課題設定は、連鎖の最後に子どもの最も好む活動を設定することが重要です。これが連鎖の途中に存在すると行動連鎖が途中での中断がおこってしまいます。サーキット学習は将来的にスケジュール学習へ移行させることも可能であり、順番を理解できれば長時間着席できない子どもでも従事できます。また、少人数での実施も可能です。A児はこのようなサーキット学習によって遊びや課題の活動レパートリーを拡大し、就学前には着席しての課題学習にも取り組めるようになり、多動性は大幅に消失しました。 また、音声言語の理解には困難を示していましたが、指さしやジェスチュアーによる指示は理解でき、行動のコントロールも可能になりました。表出言語は、音声では緊張発声が多かったが、簡単な動作模倣が可能になり将来的にはサイン言語の獲得可能性が示されました。
                                               ver.1 2001/02/02
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